GUESTS COLUMN / ゲストコラム

各専門分野のゲストから寄せられたコラムをご紹介します

【02】地方と中央

杉江 良之


 
 

北海道の地元新聞社で仕事をしていた当時、新入社員にこんな話をしたことがある。

「君たちの中にNHKの朝の連続テレビ小説を欠かさずに見て、プロ野球はジャイアンツのファンだという人がいたら即刻この会社を辞めていただきたい」

いかにも乱暴な発言であり、NHKおよびジャイアンツには非礼をお詫びするが、私の真意は次のようなことであった。

主に東京で制作される連続テレビ小説は、多くの場合主人公の上京で話が展開する。その東京に本拠を置くのがジャイアンツであり、かつてのテレビ、ラジオ中継といえばこの球団一色といっても過言ではなかった。

とかくあまのじゃくな私は、かねがね「東京にしかドラマはないのか。北海道の開拓だって壮大なドラマだったはずだ。東京から富良野に移住した父子を軸に描いたテレビドラマ『北の国から』だってあれほど人気を博したではないか」と苦々しく思っていた。

ジャイアンツの中継も視聴者、聴取者の要望が多いからというのはまやかしで、それしか放送されないからおのずとジャイアンツファンが増えただけではないのか。

そうしたことに思いを致さず、ただ漫然と連続テレビ小説にチャンネルを合わせ、ジャイアンツ戦に一喜一憂しているようでは北海道を基盤とする新聞社の一員として余りにも情けない、というのが新入社員に訴えたかった私の思いであった。

東京勤務時代に他府県の地方紙の方々と親しくお付き合いさせていただいた。そんな時にも自説を述べたことがある。

「皆様方の中に朝日、読売、毎日、日経を『中央紙』と呼ぶ人がいますがおかしくありませんか。全国紙と呼ぶならともかく、私は、東京イコール中央で、その他は地方という考え方には組みしません。どの地方紙も座標軸を置くのは地元であり、その意味ではそれぞれが中央紙だと思うからです」

浮世離れした独善的な見解だとの批判やコンプレックスの裏返しだとの指摘もあるだろう。しかし、各地方がそうした心意気を持たずして地方の自立はあり得ない。

東京で働く人の可処分所得は高くても、その多くは長時間の通勤地獄と厳しい住宅事情を甘受しなければならない。それに比べ、地方に住む者は可処分時間と可処分空間に恵まれている。

時間と空間があればおのずと夢が広がる。“可処分ドリーム”があれば生活にゆとりが生まれ、人生を謳歌できる。さて、どっちが豊な生活なのだろう。

かくいう私は昭和22年、東京で生まれた。就職で来道して以来ほぼ半世紀。東京、海外でも仕事、生活をする機会があったが、我が「中央」は間違いなく北海道だと確信、愛着を持って言える。

古希を迎え、余生がどれほどのものかはわからない。しかし「人生の放課後」を気ままに生きる幸せを日々実感し、やがてこの北の大地に骨を埋めることになる。